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dantotsu

2004/12/12
MSCBとは!?

今まで2回ほど下方転換価額修正付き転換社債、通称MSCB(ムービング・ストライク転換社債)について取り上げてきました。メールによる反響も多く、いくつかの個別質問や、鋭いご指摘も頂いています。

そこで今回は、こういった反響に対する回答を公開する形で、MSCBについての考察を加えることにします。そして、「MSCBでは誰がどういった形で利益を得るのか」を明らかにし、投資戦略に結びつけるための地ならしをしたいと思っています。

ここで注意していただきたいのは、ここでの回答は、想定を多く含んでいます。つまりまだ仮説段階であり、これを確実に証明する作業が残っています。その多くは、当事者に聞き本当の事情を知るという作業です。その点をご了承下さい。

では早速、Q and A の形で始めることにしましょう。

Q1: MSCBとは一体何ですか?

MSCBをより深く理解してもらうために、まずは、通常のCB(転換社債)について理解することにしましょう。

CBとは、株にすることもできる権利が付加されている社債です。詳しい解説は、野村證券のページや、いちよし証券のページに任せることにしましょう。ざっくりと言ってしまえば、CBの買い手は、CB発行当時より株価が上昇したら、株に変換し値上がり益を得る選択をします。株価が下落したら社債のまま利子を受け取り、満期に償還する選択をします。

これはかなりCBの買い手に有利な条件です。この有利な条件の引き換えとして、普通社債に比べ、利率が低く設定されています。これによって、発行企業は利子負担を抑えることができます。

しかしこのCBを発行は「株価の上昇がそこそこ期待できる」かつ「もし株価が上昇しない場合でも満期でCBを確実に償還できる」優良な企業に限られてしまいます。株価が上昇しそうにない、倒産の危険のある企業のCBの買い手は誰もいないからです。

従って、資金繰りが厳しく、株価が低迷するような企業は、CBの発行ができません。社債を発行する手もありますが、かなり利率を上げないと買い手が現れず、利子負担に耐えなければなりません。また、満期の時に、再度資金繰りのことを考えなければなりません。

これを避けるために、「第三者割当増資」や「株式公募」の方法もあります。しかしながら、「第三者割当増資」も「株式公募」も、買い手は、購入から株式受け渡しまでの、株価下落のリスクにさらされます。従って、買い手が多くつかない可能性があります。

こういった企業でも、十分な資金を調達でき、かつ、満期の時に、再度資金繰りのことを考えずに済む、魔法のような仕組みはないのでしょうか。

そこで登場したのがMSCB です。

MSCBは、社債としての側面をほとんど消し去り、できる限り株式に転換できるような条項が付加されたCBです。その条項とは、常に割引の価格で購入できる条件を提示し続ける「転換価額の修正」です。この条項の引き換えとして、利率は0に設定する場合がほとんどです。

これによって発行する側は、利子負担がなく、満期の時に、再度資金繰りについて悩む必要がなくなります。買い手は、利率が全くないため、社債のように持ち続ける利点がありません。購入から株式受け渡しまでの株価下落のリスクにも耐えることができるため、全部が株式に転換されることになります。

Q2: MSCBは誰もが幸せになれる仕組みなのでしょうか?

ここで一度、MSCB によって「得する人」「損する人」を整理しましょう。ここが一番のキーポイントとなります。

まずは「得する人」です。
(1)MSCBの買い手(割当先)
これはQ1でも回答した通り、常に市場より有利な価格で株式に転換できるため、買い手は確実に得します。
(2)発行企業
これもQ1でも回答した通り、利子負担なしで、満期時の資金繰りを気にすることがなくなります。
(3)MSCB発行仲介会社
MSCBを発行するためには発行手数料がかかります。大抵は主幹事の関連した信託銀行になると思います。
(4)貸株主
株を貸すことで、貸株料を得ることができます。この貸株主は、MSCBでは重要な役割を持っています。次の回答で、その役割についてお話します.
次に「損をする人」です。
(1) 既存株主
MSCBの買い手は、時価より有利な価格で株式に転換できます。つまり、既存株主より割引価格で、いつでも株式に転換することができるのです。また転換による株式増加によって、一株あたりの利益が希薄化され、EPS、ROE, ROA といった指標の低下が起こります。
つまり、既存株主の犠牲の上に成り立っているのが、このMSCBなのです。

Q3: MSCBの買い手は、株式転換後に株を売って儲けるということですか?

株式転換後に売却する手順では、買い手は、転換時の株価と売却時の株価の差が縮まるリスクがあります。従って、もう少しスマートな方法を取ります。それは「つなぎ売り」に似たことを行うのです。

つまり、株主から株を借り、先に株を売ります(一般信用売り)。その後にMSCBを株式に転換し、株主に株を返す(現渡)のです。

ここでさらに儲けを大きくするために、株を徹底的に売ることによって、「転換価額の修正」にあたる時期の株価を低く誘導する手法も取ります。これによって、売った時点での株価よりもはるかに低い株価で、株式転換することができ、その差額分を儲けることができるのです。

このため、「転換価額の修正」時期に向け、株価が一方的に下落する現象が起こります。

Q4: 株価が下落することが分かるのであれば、誰も株を貸したりしないのでは?

株を貸す人は、大抵、企業の経営権を握る創業者やその近親です。恐らく、MSCBを発行する前に、株を貸すための交渉が、買い手との間で行われているはずです。企業の資金繰りが苦しく、会社を倒産させたくないため、しぶしぶ、株を貸すことを条件に、MSCBの発行が可能となるのです。自分の所持する株の下落を覚悟の上で、会社を救うのです。

また、株を貸すことで、貸株料をたくさんもらっている可能性があります。実はそんなに資金繰りは苦しくないのに、この貸株料を狙って、MSCBを発行する可能性があります。そんな企業は存在しないことを祈っていますが、制度的にありうる話です。

Q5: 仕組みは分かりましたが、大株主のいない企業はどうするのですか?

銀行のように、大株主が存在しない場合、誰が貸し手になるのかは、はっきりと分かっていません。ただ言える事は、買い手側は証券会社やヘッジファンドであるため、必ず勝算があって引き受けているはず、ということです。

そこで私が想像するに、3つ方法があります。

(1) 大株主ではないが、それなりの株式を持つ株主から株を借り、株を売るパターンです。その株主は、生命保険の可能性もありますし、買い手の投資信託(ファンド)の株かもしれません。投資信託から借りる場合は、日本株ファンドや、TOPIX ETF などが考えられます。

この方法でも、一日の出来高が少ない企業には有効です。多くの株を一気に売ることができないため、ゆるやかに株価が下降することになると思います。

(2) オプションを他社に小売するパターンです。数社に、転換価額の95%程度で買える権利(オプション)を売るのです。この場合、オプションを買った企業が、株主から株を借り、売ります。各社が同じようなことを行うため、売り圧力が増すことになります。

(3) 権利行使可能日以降に、ある程度の株数を転換させてから売りはじめるパターンです。転換した株を次の転換価額修正日を狙って売り、下落させます。一番最後の転換時は、それ以降に下落させても損するだけですので、じっくりと株価の上昇を待って、そこで売却します。これが最も多いパターンのようです。

Q6: MSCBの譲渡制限がついている場合は安心ですか?

いくつかのMSCBは、買い手(割当先)に対して、他社への「譲渡制限」を設けている場合があります。しかしながら、「MSCBの譲渡制限」であり、転換後の「株の譲渡制限」でもなければ、「オプション販売の制限」でもありません。

従って、株主から株を借り、売りを行うこと対する、株価下落の歯止めにはなりません。

Q7: MSCBを発行した企業の株価は、確実に下落するのでしょうか?

制度的に下落しやすい性質を持っていますが、必ずしも下落するとは限りません。転換価額の修正が、数年に1度しかない場合などは、業績の向上などにより、上昇していることも多いでしょう。しかしながら、毎月転換価額を修正するような場合は、転換による売り込まれる株数と同等の買い手が存在しない限り、下落します。

Q8: 転換割合の進捗を知る手段はないのでしょうか。あとどのくらい売り圧力が残っているか知りたいのです。

東証への上場企業であれば、知る手段はあります。それは、毎月20日に発表される、前月の株式の増加割合を見ることです。東証のページで発表されます。20日ほど遅れることになりますが、買い手の手口を知るには重要な資料になります。

もうひとつは、「大量有価証券報告書」をチェックすることです。通称5%ルールと言われるもので、潜在的な株式も含め、全体株式の5%を超える場合、5日以内に報告する義務があります。また、5%を超え、1%単位の変更があった場合にも同様の報告義務があります。

但し、この「大量有価証券報告書」は、電子化の義務がないため、EDINETでも検索できない場合があります。その場合には、実際に資料を公開している場所に出向く必要があります。

「大量有価証券報告書」は、潜在的な株式も含む報告書です。つまり、MSCBの割当を受けた段階で、そのMSCBを転換すると仮定して、全体の5%を超えるようであれば、報告しなければなりません。

従って、「大量有価証券報告書」の提出があった場合でも、実際に株式へ転換していない可能性もあります。報告書様式には現物・潜在の区別があるため、見れば分かりますが、ニュース等になった場合には、分からない可能性があります。最終的には、20日遅れになりますが、東証のサイトの、「新株予約権の行使等に伴う上場株式数等の変更」をチェックすると、確実に分かります。

Q9: 過去の傾向から、どのタイミングで、株価の下落が始まりやすいのでしょうか。

過去の調査から、第一回目の転換価額修正日近辺から下落が始まる傾向があることは分かっています。しかしながら、はっきりとした時期を断言することはできません。買い手の都合を考えれば、できる限り早く現金化したいはずです。長く持っていても、利率がゼロであり、買い手の利益に貢献しないからです。

今後、このタイミングについての調査を行い、典型的な手口について、この場で発表できればと思っています。

Q10: こんな仕組みとなるMSCBの発行を許してよいのでしょうか?

私は、既存株主の犠牲に成り立っている MSCB の発行は許してはいけないと思っています。もし許されるとしても、株主総会で 2/3 以上の賛成を得るとか、もっと厳しい条件で発行が認められるべきです。会社の倒産を防ぐために行うのであれば、十分に株主が納得する資金運用計画を説明すべきです。

まとめ:
MSCBは既存株主の犠牲の上で成り立っている。資金繰りが苦しい企業が、株価の下落を覚悟の上で行う、資金調達手段である。
MSCBの買い手は、先に売り、後で買い戻すことによって確実に儲ける。もっと儲け大きくするために、転換価額の修正日に向け、株を徹底的に売りに回る。

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編集後記(From the Editor)

MSCBについては、その仕組みに対する情報が一般的に不足してるため、私も含め、多少混乱している部分があります。そこで一度、私なりにMSCBを整理する必要があったので、ここで行うことにしました。今回は、ほとんどが文章ばかりで、ここまで読んで頂いた方、お疲れ様でした。ありがとうございます。

MSCBの意味を知ってか、知らずしてか、MSCBを発行すると発表した後でも、既存株主は株を売らずに、しばらく株価が下落しないことも多いようです。MSCBについて理解している上で株を所持し続けることには構いませんが、事情が全く飲み込めず、掲示板でその意味を質問している人もいます。また、その質問に対する回答者も、事情を飲み込めていないこともあります。それは仕方のないことです。

そこで、ここでMSCBについて明らかにすることで、企業の身勝手な行動を防止する役割を、少しでも果たすことができたらと思います。

最初に述べましたが、まだ想定で述べている箇所が多くあります。当事者による、真実についてのタレこみ(笑)や、皆様の気づいた間違い点等、ご指摘頂ければと思います。

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くれぐれも、自己責任の上で判断してくださいね!

GOOD LUCK!

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